これと言って何かを成し遂げたわけじゃないけど、ホテルをつくりたくなって中学生から今までどんなことを考えて何をしてきたかをシェアハピします。

お疲れ様です。
このブログの執筆をしている村木瞬です。

僕はWebデザイナーとしての信用を得るために友達が進めているサービスのWebサイトを作ったり、Webデザイン会社でインターンをさせてもらったり、自分でも超小規模な事業を大きくしようと悪戦苦闘している高校2年生です。

Webサイトを作るって言ったって大規模なものじゃないし「インターン」という言葉を聞いて浮かぶイメージとはかなりズレがあるし、自己紹介はどうしても自分をすごく魅せて自慢話を並べがちなので先に言っておきたいのですが、僕はとにかく普通の高校生です。

強いて言うならちょっと爪先で立とうと頑張ってる人って感じ。

ただこれからいろんな人と関わったり、僕自身がどんな人間なのかを他の人に知ってもらうためにもここで一度、僕がどんな男の子なのかをまとめておこうと思います。

ホテルがつくりたい男の子

タイトルにもある通りですが、僕はホテルをつくりたくて仕方がないです。

ちゃんと実績があって実力があって、信用を勝ち取れる人間になって、今すぐにでも資金調達をしてホテルをつくりたいと思ってます。

子供の頃から家族旅行でいろんなところに連れて行ってもらって、それはそれですごく楽しかった記憶があるんですけども、ただ結局「どこが一番楽しかった?」と聞かれるといつも「ホテルにいる時」と答えてきた気がします。

正直行く場所は国内でもハワイでもどこでもよくって、大事なのはそこに素敵なホテルがあるかどうか。

内装が素敵で立派で、開放感のあるホテルに泊まったりすると、次の日は観光スポットに行きたくなくなるみたいなそんな感じ。
ホテルのロビーの雰囲気とかもうたまらなく好きなんですよ。

好きなことを全部できる仕事ってあんの?

それと僕は前から結構趣味が多くって、けん玉だったり将棋だったり読書だったりスポーツだったり。今はそれこそプログラミングとかWebデザイン、スターバックスに足を運んでMacBookをドヤ顔で広げることとかも好きなことに入ってきますよね。

それで中学1年生の時に京都旅行に行って、バスに揺られながらふと「将来働くってなったら好きなことが仕事になったとしても1つに絞らなきゃいけないじゃん。え、そんなことある?」って思ったんですわ。

当時中学受験を終えたばっかりの可愛い男子ですよ。ネームバリューのある大学に言って就職をして、大企業で出世して社長まで上り詰める。
それが最高の人生だと思ってたわけです。

ただそんな最高の人生ですら、社長になるためにはまだ長く時間がかかりそうだし、社長になったところでその会社を急に自分の好きなように経営できるわけでもない。

えーー、どうしよ。

小説家になりたい夢と大学受験

それから結構謎は解けないままだったのですが、実は小学生の頃から僕は小説家にもなりたくって、長い小説を必死に書いてはコンテストに応募して、見事に全部爆死し続けてたので、実はそこまで頭を抱える暇はなかったです。

でも小説家になる夢も自分には遠すぎると感じて、遂に中学2年生の最後の時期に「一旦大学受験に向けて周りのみんなみたいに勉強に専念しよう」と考えました。

「いや中学2年生まで小説家を本気で目指してたのかよおもろいなコイツ」と思うかもしれませんが、ビックマウスの僕は「俺は天才中学生作家として名を馳せる」とか平気で親に言ってたのでまだそのタイミングで辞めたのは偉い方なんです。
あと「中学2、3年生から大学受験のことなんて考えてたらお前の青春なんてどっか行っちまうぞ」というのはごもっともで、でも僕の学校は中高一巻の進学校ということもあって、学校全体がそういう雰囲気なんです。

そんなこんなで中学3年生の1学期は勉強に専念しました。それまで当然のように学年300人の中で下から何十番とかをとっていた僕の成績は、すべてのエネルギーを定期考査の勉強に充てた瞬間に当然のごとく大きく跳ね上がり、見事世間の言うエリートコースの登竜門に返り咲くはずでした。

しかし、結果は何も変わりませんでした。

これはねぇ、正直僕が一番ショックだった。
その時に「あ、俺勉強ができない子になってたわ」と気付いたんですね。

成績が悪いだけなのにメンタルが弱すぎて十二指腸潰瘍になる奇人

それからと言うもの、僕は極端にストレスを抱え続けました。

勉強ができないから学校では仲の良い友達たちからも酷い言葉をかけられて、それでもこれまでは「俺は小説家になるんだ」という心の拠り所があった。でも今はそれがない。
夢をなくした途端に、僕はいつの間にか「ただの成績が悪い中学生」になっていたことを自覚したんです。

僕は家庭にも環境にも恵まれて、だから小学4年生から塾に通い詰めて私立の進学校に進学できたし、いわゆる難関大学を志すこともできていて、だけどその分簡単に傷ついちゃうんですよね。
過保護ってわけじゃなかったけど、でもいろんなところで下駄をはかされて育ってきたからこそ、初めて自分が「ただの成績が悪い中学生」になった時のショックが大きくって。

それで軽い十二指腸潰瘍(ストレスが原因で起こる病気)になったりもして、思い悩む時間が続いていました。

夏休みの大転機

たださすがはビックマウスの僕だけあって、中学3年生の夏休みに「何か学校と一切接地面のない場所で圧倒的な結果を出して見返してやろう」とひたすらYouTubeで仕事に関する動画を観たりGoogleで働き方についてリサーチしまくったんです。

そして見つけたのが「起業」でした。

中学1年生の時に「やりたいことは全部できる仕事がいい」と思っていた、そんな話の伏線がここでようやく回収されるわけですね。

「あ!そうか!自分で会社を作っちゃえば最初から社長なんだ!!」

っていう結構なインパクトが当時の僕にはあって、無性に嬉しくなったのを覚えています。笑

またその時に、昔テレビで大学生でありながら社長業をしている女子大生が取り上げられているのを見て鳥肌が立ったのを思い出して「やっぱりこれなんだ、俺も学生で起業しよう」と考えました。

やっと自分の夢がまた定まって、さてこれからどんな時間を過ごしていこうかとなるのですが、僕はとりあえず「ビジネスコンテスト」なるものに応募してみることにしました。

中学3年生の夏に右も左もわからないまま、勢いで六本木をジャックして開催されたイノベーションワールドフェスタ2017の中のコンテンツにあった学生対象のビジネスコンテストに「ディープラーニングを利用した楽曲作成アプリ」というプランで提出をしたところ、どうやら大学生がメインになる想定で企画されていたところに中学生が応募してきたということでいいネタになると思われたのか、決勝ピッチの4人に選ばれたんです。笑

https://www.j-wave.co.jp/iwf2018_archive/report/

ちなみにディープラーニングに関しては学校の課題で関心のある分野について取材に行ったり新書を読んだりしてレポートにまとめる機会があって、その経験が役立った感じです。
ただ実際のところどうやったらAIをつくれるのかなんて知らなかったし、とりあえずプラン自体は面白いからいくぞー!といった姿勢で飛び込んでいきましたね。
すごい行動力。笑

この時のプレゼンテーションの様子はJ-WAVEでも放送されて、「起業」という道を知ってから結果が出るまでの時間が極端に早く、「俺起業向いてるぞ」と思ってました。
小説を時間かけて書いてやっとのことで提出に漕ぎ着けたのに、一次選考を通過したことすら通知されなかった頃を踏まえると、アイディアだけでスタートラインに立てる「手軽さ」みたいなものまで感じてたと思います。
よっぽどのお調子者でかなりのおバカなんですよね、もう根っこからきっと。

渋々プログラミングで起業を目指して大爆死

そして、起業を考えた時に何が一番「起業しやすい」かをたくさん調べてみたんですが、結果IT系は初期コストもかからないしスキルが身につけばいくらでもプロダクトをつくれるから強いぞ!ということが彼処で言われていて、まだスポーツ少年だった僕は渋々プログラミングを学ぼうと決めました。

それから半年ほど経って、満を辞してローンチしたのが「ManyBoard」という将棋の学習共有サイトでした。

まぁものの見事にユーザー登録者数は僕の母親を含め僕と友達を合わせた5人に留まってサービス終了となったわけなんですが、これ実は完成度自体はかなり高かったんですよね。笑

というのも本気で世界を変えられると思ってましたから。
少なくとも日本の将棋界はこのManyBoardによって変わったと、そう考えて目をキラキラさせながら慣れないパソコンに一生懸命向き合って夜中にエラーと格闘したりしながら作り込んでいたんです。

何が言いたいかって多分僕は熱量を持って勢いで行動する力だけは持ってたってこと。中長期的に頑張れるかは不明だけど、とにかく瞬発的にアウトプットをする能力に優れてるんです。方向性が正しいか間違ってるかなんて関係なく、とにかく自分を信じて突き進むことが得意なのかもしれないです。

それから中学3年生の終わりから高校1年生の1学期にかけてのタイミングでは「Grademaps」という、学校のみんなが定期考査の点数を入力してグラフが出力されたりと成績管理ができるサイトを作りました。

初めはみんな面白がって数字を入れてくれたんですが、これもまたすぐに飽きられてしまいます。というか作った僕が一番最初にログアウトしてた。

中学3年生の夏休み以降は、自分のエネルギーを放出しまくった上で絶望感を引き寄せる、そんな時間だったと思います。

高校1年生のビジネスコンテスト奮闘記

高校1年生になって、僕は気持ちを新たにして得意分野のビジネスコンテストに向けて事業計画を始めました。

ビジネスコンテストは参加する分にはお金がかからないくせに同じ方向を向いた人たちと繋がれるしあわよくば賞金がもらえたりするという「ノンリスクハイリターン」が確定したとんでもないイベントで、だから目に留まったコンテストには全部応募してました。

4つほどのビジネスコンテストに同じ1つのプランで挑んで、夏休みを迎えました。
(ちょっと話はズレますが、小説のコンテストは原則公募ごとに別の作品を書かなければいけない一方、ビジネスコンテストは同じプランであらゆるコンテストに応募ができるのですごくコストパフォーマンスはいいです。大事なのはその先だけどね)

高校1年生の夏休みは1ヶ月間まるまるカナダはトロントに短期留学をしていて、なのでその間に起業に関することは一切取り組んでいませんでしたが、一度母親が、応募したプランが選考に通過したというメールを転送してくれてホストファミリーの部屋で夜に一人でギャンギャン興奮して他のを覚えてます。

僕が4つのコンテストに応募したプランは「ノンプライスカフェ」というもので、簡単にいうと都内のチェーン店ではないローカルな飲食店と提携して、お客さんにそれらのお店を紹介することで広告料を得て、そのお客さんにはコーヒーを無料で提供する、そんな地域ごとのハブ的な役割を果たす喫茶店をつくれば地域活性化に繋がるというもの。

ただお察しの通りこれは収支計画がめちゃくちゃで、とてもビジネスとして成り立つものではなかったので、大人の方がメインで参加するようなコンテストには最終的には残れませんでした。
一方で高校生に限定したビジネスコンテストでは「それらしさ」が評価されて、夏休みの後になんと全国3800プランの中でベスト20にノミネートされ、セミファイナリストとして表彰されたんです!

夏休みが終わって日本に帰ってから、僕のもとに三度素晴らしいアイディアが浮かびました。

SOSOという、Webサイトを無料で制作すると同時にWebスキルのアウトプットの場を提供する事業です。

https://soso.gift

リンクに飛んでいただければ分かる通り、今はだいぶ時間が経ったこともあって形が変わっていますが、当時はこれが天才的な発想だと自分でも関心して、その日のうちにホームページを作りました。

Web制作を勉強する上で、インプットはたくさんあってもそれらをアウトプットする機会がないからスキルアップがしづらいと自分で感じたことを思い出して、だったらそれ自体をサービスとして提供しちゃえばいいじゃないか!ということで、Web制作を受けた後にその制作をプロではないWebを勉強中の学生や社会人と分担することを考えたんです。

そしてここまでくればもう分かるはず。
そうです。またビジネスコンテストです。笑

夏休み以降に募集がされていたコンテストに応募をしまくり、当然プランはすべてSOSO。

結果はというと、これは僕自身の体験から形になったビジネスプランということもあってストーリー性と新規性も兼ね備えているし教育的な要素もあったことから、ほとんどのコンテストで選考を通り、プレゼンをしまくりました。
ビジネスコンテストなどの活動を進めていく中で事業の相談をさせてもらえる機会をいただけたりもして、近々のものも含め本当に有り難かったなと思ってます。

そして、その中の1つの出会いが僕の高校生活を大きく進展してくれました。

https://www.incubation-office-agora.com/

https://www.incubation-office-agora.com/agosute
↑これが僕の応募したコンテスト

町田にあるコワーキングスペース/シェアオフィスで、経営陣の大人の方々が僕のことを面白がってくれたのです。

コンテストが終わった後も、Messengerで連絡を下さったりオフィスに呼んで下さったりと面倒を見ていただき、イベントにも登壇させていただく機会をくださいました。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000029.000024845.html

イベント自体は新型コロナウイルスの影響で中止となってしまったのですが、このプレスリリースによって「村木瞬」と自分の名前を検索した時に産経のニュースやニコニコニュースも引っかかるようになって、僕自身の成長とはまた別に「起業っていう道はこんなに刺激的でワクワクする世界なんだぜ!」と背中を押されたような気持ちでたくさん感謝しなきゃなと今改めて思ってます。

また、BLAST! SCHOOLという高校生の起業教育プログラムの初期メンバーにもなることができて、この時のキックオフイベントのプレゼン大会で優勝をすることができたのも、自分の中ですごく大きな自信になりました。

https://note.com/hiro32oka/n/n24f0f0c6aad2

高校2年生、最近の充実

このようにアイディアだけを片手にビジネスコンテストに飛び込み、そこでの出会いから自分自身の力が養われるようになり、今はSOSOを「価格自由のWeb制作。」として進めてながら、Webデザイナーとして日々スキルアップをしています。

明確に結果として分かりやすいビジネスコンテストの自慢ばかりを並べたのですごくアイディアだけの薄っぺらい男子という印象が残るかもしれない、そんな懸念があるのでここにきて言っておきたいのですが。笑

かなり紆余曲折を取り除いてなるべくコンパクトに充実感を伝えられるようにしたので、自分なりに、高校生なりに辛い時間の方が長かったと思います。
アプリを作ろうと別のプログラミング言語を1から学んでプロトタイプとかも作って制作を進めていく中で、でもそうじゃないと割り切ってまた別のことを始めて、でもその時に覚えた知識がWebデザインに活きてきたり。


ただ、薄っぺらいなりにいろんな人と繋がって、自分の挑戦できる環境が増えてきています。会社のプロジェクトにちょっとでも携わらせてもらえたり、一緒にビジネスモデルについて語り合える同世代の仲間もできて、インターンでガッツリWebの勉強をしてしれーっとお金をいただきながらニヤニヤしている、そんな高校2年生の夏前は僕にとって怖くなるくらい充実した毎日です。

最近はnoteに書いた「現役高校生が本気でリサーチして分かった「起業」という可能性」という記事が「高校生 起業」と調べるとGoogleの検索結果の3、4番目(今はもっと下がってるかも)にヒットしたり、その影響かTwitterで会ったことも何かで繋がったこともない知らない人が数人、僕の書いたその記事をシェアしてくれていたりしているのを見つけてニヤニヤニヤニヤが止まりません。

正直タイトルのホテル経営をする夢から逆算して今何をするべきか明確にすることはかなり難易度が高くって、とにかく今は一人のWebデザイナーとして、事業家として結果を出して、実力をつけて信用を得られるような状態を目指すことが大切だと考えています。

きっと今の頑張りが、大学生とか20代になった時にいい話のネタになると信じて、大学受験も事業のことも、精一杯取り組んでいきます!